介護保険20周年に向けて(拡大版)
11月下旬、英国放送協会(BBC)のワールドニュースの取材を受けた。取材に来たBBC特派員によると「英国では高齢化率が18%に達して、高齢者介護が問題になっている」と言う。英国では税財源に基づく国民保健サービス(NHS)のおかげで医療は原則無料だ。しかし高齢者介護は原則本人及び家族の責任とされている。このため高齢者が自ら施設入所の為の費用を捻出し、時には自宅を手放すこともあるという。
こうした中、取材に来た記者によると「英国では日本の介護保険がいま注目されており、そのため来年で発足20周年を迎える日本の介護保険制度の特集を行いたい」という。これを機に、本コラムでも来年で20周年を迎える介護保険について、日本の介護保険制度の生い立ちと現状、将来への課題について振り返ることにしよう。
さて20年前、日本で介護保険制度ができたころ、日本の高齢化率は現在の英国と同じ17%程度であった。この高齢化率は団塊の世代が後期高齢者となる2025年には30%を突破する。そして団塊ジュニアが高齢者となる2040年にはなんと36%に達する。これからの20年は、日本は世界の高齢化トップランナーとして類を見ないスピードで高齢化の坂道を駆け上がる。日本の介護保険制度は果たして持ちこたえられるのだろうか?
では2000年に立ち戻って、日本の介護保険の生い立ちを諸外国のそれと比較しながら見ていこう。諸外国における高齢者介護制度についてみると、北欧のように税財源により自治体が高齢者介護を行っている国と、ドイツやオランダのように社会保険方式で高齢者介護を行っている国とに分かれる。
もともと日本は医療についても社会保険方式を採用していたこともあり、高齢者介護についても社会保険方式を採ることになった。モデルとしたのは1995年からすでに始まっていたドイツの介護保険制度である。
ただドイツの介護保険制度をそっくり導入した訳ではない。ドイツと異なるのは、ドイツの場合、介護保険は医療保険の中に併設されて作られていることと、そして介護保険は純粋に保険料財源のみで運用されているという点だ。
一方、日本の介護保険はドイツと異なり医療保険から完全分離して創設された。しかもその財源は、最初から保険料と税金と自己負担を混合した点が異なっている。そして日本の介護保険のもう一つの特徴は、英国のケアマネジメントの考え方を取り入れたことだ。英国では1990年のコミュニティーケア法により、ケアマネジメントを制度化し、キーパーソンであるケアマネジャーを任命するとともに、彼らが関与しないサービスを禁止した。日本ではこの制度を介護保険に導入することになった。このように日本の介護保険制度はドイツの社会保険方式に英国のケアマネジメント方式を接ぎ木した制度と言うことができる。
さて、こうした日本の介護保険の今後を見ていこう。現在、介護保険利用者は約700万を突破。介護費用は10兆円にもなる。さらに団塊の世代800万人が75歳以上となる2025年、要介護者は増大し、介護費用は15兆円を超える見込みだ。その上団塊ジュニアたちが高齢者になる2040年には介護費用は25兆円に膨れ上がるとされている。果たして介護保険制度は破綻しないのだろうか?
今年5月、国は2040年へむけて、介護保険も含めた社会保障給付費(年金、医療、介護、子育て)に関する推計を公表した。それによると介護費用は先述のように2040年に25兆円に達する。そして医療、年金も含めた社会保障給付費は全体では190兆円となりGDP対比で24%にも達する。確かに巨額だ。ただ、GDP対比でみればフランスやドイツの給付費のGDP対比よりはまだ低い値で、先進各国の中では中位の水準だ。消費税を今後上げるとすれば、なんとか持ちこたえられる水準だ。
しかし問題は人口減だ。2040年には1.4人の若者が1人の高齢者を支えることになり、こうした人口減への対処が、今後の社会保障制度維持の分かれ目になる。
武藤正樹 国際医療福祉大学大学院教授