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2019年03月27日号

【連載第4回】英国高齢者介護視察ルポ “障害者も入居する「共生型」” 浅川澄一氏

看取り・認知症ケア最前線
「パーソンセンタードケア」を活用


 「認知症ケアにはパーソンセンタードケアがとても重要です。高齢者をひとくくりにするのではなく、徹底した個別ケアに努めています」

 


 ロンドンの南の郊外のナーシングホーム「ハブロック・コート・ケアホーム」を訪ねると、管理者のパトリシア・ウィリアムズさんが開口一番に強調した。


 パーソンセンタードケアは、英国の臨床心理学者のトム・キッドウッドが20年ほど前に唱えた認知症の人への接し方である。一人ひとりの性格や趣味、ライフスタイルなどを熟知し、それに合わせる。「その人らしさ」を尊重するケアだ。日本でも翻訳本が出ており、かなり知られている。
 「入所前に、シニアナースが自宅や病院に出かけて、きちんとアセスメントをします。ADLだけでなく環境の面や文化的な視点からもよく調べます。食事内容や持っている薬などもね」
 「家族からも本人の生活歴を聞き出します。ケアプランの中には『マイライフ』という欄もあります」
 こうして本人がどのような暮らしをしていたかを把握し、入所態勢を整える。

 

 1階は厨房や食堂、リビングルームなど共用部で、2、3階に29室、29人ずつが入居しており、58人の定員を満たしている。2階は主に障害者で、最も若い入居者は39歳の精神障害者だという。3階は重度の年配者と一応区分されている。
 双極性障害者(躁うつ病)をはじめ、統合失調症、パーキンソン病、認知症など精神面のケアが必要な人が対象。かなり入居者を限定している。
 「服薬はできるだけ少なくしています。それを判断するのは家庭医(GP)かコミュニティナースです。抗精神薬は3ヵ月か6ヵ月で見直すようにしています」
 この施設は、A&Sという事業者から大手介護事業者のブーパが2008年に引き継いだ。

 


 認知症の人の代弁者の役割を果たす「認知症チャンピオン」の資格を持つ介護者が2人いるという。通院や外出に同行して、認知症の人の気持ちや症状を他の人や組織にきちんと伝え、普通の生活が支障なく続けられるようにする支援者である。アルツハイマー協会が全英各地で主に施設職員に研修を施している。
 こうした認知症ケアへの取り組みに手を尽くすことが、障害者ケアにもつながっているようだ。日本で謳われだした「共生社会」が、ここではすでに始まっている。

 

 終末期への対応も怠りない。ガン末期の高齢者も受入れており、その人のGPと連絡をとりあう。GPは週2回訪問。
 緩和ケアチームは、自治体のソーシャルワーカーや施設の看護師、それにGPなどで構成され、本人と家族をまじえてACP(事前指示ケアプラン)を作成する。
 「痛みを取るモルヒネの必要量なども我々に指示されます」と、臨床担当のベイインガ・ケビーさん。

 


 一昨年、施設で亡くなったのは4人だった。若年者が多いので他のナーシングホームに比べ少ないという。だが、訪問したその日に、旅立った人がいて、玄関には救急車が止まっていた。

 

 

浅川澄一氏 

ジャーナリスト 元日本経済新聞編集委員

 1971年、慶應義塾大学経済学部卒業後に、日本経済新聞社に入社。流通企業、サービス産業、ファッションビジネスなどを担当。1987年11月に「日経トレンディ」を創刊、初代編集長。1998年から編集委員。主な著書に「あなたが始めるケア付き住宅―新制度を活用したニュー介護ビジネス」(雲母書房)、「これこそ欲しい介護サービス」(日本経済新聞社)などがある。